呼吸法について

休日の夕方、ラジオのポッドキャストを聴きながら過ごすことがあります。ある日、その中で紹介されていた本が気になり、古書を求めて神田神保町へ足を運んだ思い出があります。その本こそ、オイゲン・ヘルゲル著『弓と禅』でした。

オイゲン・ヘルゲルは、日本の大学で哲学を教えるために来日した際、和弓を学び、その修行を通して武芸の奥深くにある「禅」の思想に触れました。そして帰国後、その体験をまとめたのが『弓と禅』です。彼は修行の初期段階で呼吸法を教わりますが、最初はなかなか上手くいきません。弓を引き絞るその場面で、いかに呼吸が乱れ、心の動揺につながるかを痛感したからです。ところが、呼吸法を身につけることで、構えの姿勢や平常心が養われ、最終的には「生き方」そのものを整えるきっかけとなりました。

彼の師範は、武道の究極を示すために、線香一本の明かりしかない暗闇で2本の矢を放ち、後から放った矢(乙の矢)が先に放った矢(甲の矢)を引き裂くという妙技を披露しています。このような心身統一の極地には、呼吸を軸とした深い精神性が隠されています。

一方、パニック障害の治療においても呼吸は重要な手がかりとなります。発作が起きた際、まず呼吸を一旦止め、次にゆっくりとした呼吸をすることで、発作を回避できることが分かっています。この呼吸法は認知行動療法の一部として位置づけられ、呼吸を整えてリラックスし、自分を客観的に見つめる過程を通して、生き方そのものを見直していく手法でもあります。まさに「禅」の修行に近いものがあるのです。

当クリニックでは、神経症やうつ病で悩む方々に対し、認知行動療法を通じて、物事に動じない姿勢や平常心の保ち方、そして幸せに生きるための方法論を伝えていきたいと考えています。呼吸法をはじめとするこれらのアプローチが、生きることの質を高める一助となることを願っています。