うつ病の経過について

ある患者さんの例です。初診時、この方は「仕事がうまくいかない」「上司が最近モラハラをするようになり、『こんなこともできないのか』と非難してくる」と訴えていました。その後、数か月経つと意欲が低下し、とくに出勤前がつらくなり、最終的には出勤できなくなってしまいました。さらに半年後には寝込むようになり、以降約3年間、ほぼ寝たきりの状態が続きました。

この患者さんは薬を内服することを拒否し、たとえ勧められても「眠くて起きられない」「倦怠感がひどくなる」などの理由で服薬を中止してしまい、薬物療法による改善を図ることはできませんでした。長い寝込みの期間中は、毎日のように過去の記憶を反すうし、「自分は価値のない人間だ、生きていても仕方がない」と考え続けていたようです。本人によれば、幼稚園の頃からの記憶を克明に思い出し、それらがほとんど「反省すべき嫌な記憶」としてよみがえっていたとのことです。

しかし、3年目になって突然変化が訪れました。ある朝、突然起き上がることができ、家の外へ出るようになったのです。その後は急速に回復が進み、毎日運動し、日課として徹底的な掃除をするようになりました。台所のガス回りからフローリングまで磨くほど細かく掃除を行い、わずか半月ほどで体力を戻し、朝早く起きて事務作業に通えるまでになり、その後、職場復帰を果たしました。

この経過を分析すると、初診当初は脳の機能が著しく低下していたと考えられます。健常時IQが100程度ある人でも、うつ状態になるとIQ=70を下回ることがあり、その結果集中力が落ち、周囲からの非難の原因にもなった可能性があります。さらに、意欲の低下を経てうつ病の最悪の状態に至ったのでしょう。

しかし、もしこの患者さんが抗うつ薬の使用に同意していたら、少なくとも1年以内に症状を軽減し、気分を改善させることが期待できたはずです。事例として、昨年熱中症後にうつ病となった別の方は、今年の夏に軽快し、服薬を中止した上で職場復帰を果たしています。

抗うつ薬は、症状の長期化や重症化を防ぎ、回復への道のりを短縮する有効な治療手段の一つであると考えられます。